Hideo Iwasaki “What was ‘biorhythm boom’: cultural topic of biological rhythms”(Interim report in Japanese, 2004; 2009) 研究資料(未完)
*本資料は,2004年2月21日,山口大学時間学研究所におけるセミナー(ホスト:入不二基義氏)の際に纏めたものであり,さらに2009年2月12日に,工学院大学における科学言説研究会(ホスト:林真理氏)で発表した際に微修正した発表した際のレジュメである。まとめて論文化する予定だったが2019年末現在目途が立っていないため,とりあえず資料の段階でHPに掲載しておくこととした。
バイオリズム・ブームとは何だったのか:生命リズムの科学・文化誌
岩崎秀雄 hideo-iwasaki@waseda.jp
名古屋大学理学研究科(2004年当時);早稲田大学理工学術院 電気・情報生命工学科,科学技術振興機構さきがけ(2009年当時)
1960~70年代,日本やアメリカを中心に「バイオリズム」と称する,疑似科学的な生命リズム理論が巷でブームになった。バイオリズム理論では,誕生日を起点として,知性,体力,感情が,それぞれ特定の日数で周期的に変動するとされ,バイオリズム予測と呼ばれる一種の占いに根拠を与えていた。生物学的には荒唐無稽と思われるこの学説は,全盛期には,警察,自衛隊,交通組合,企業,スポーツ界などで盛んに取り上げられ,アメリカのバイオリズム入門書には,日本があたかも「バイオリズム立国」であるかのように喧伝されたことすらあった。興味深いことに,このバイオリズム理論の成立の背景には,19世紀末の錯綜する生命リズム・ブームがあり,さらに1960年代以降の日本における大衆的な普及過程は,生命科学概念として市民権を得ている「生物時計(体内時計)」概念の社会受容過程とパラレルであった。むしろ,体内時計概念は,バイオリズム理論としばしば混同(ないし援用)され,ときにはそれを通じて(あるいはそれとの対比によって)広まったという側面がある。こうした事例は,生命やリズムに関する社会・歴史・文化的諸条件やメタファーを読み解く格好の素材であり,それらは今なお私たちの生命観やリズム観と無縁ではないと思われる。
【研究背景】生物時計概念・時間生物学の起源と社会的成立・受容過程の把握
なぜ時間生物学周辺領域の存立基盤に着目するのか:科学史・文化史研究のケーススタディ:
・生物学モデルにおけるメタファーの役割(生物時計:時計が発明される以前には見つかりようがない)
・ディシプリン形成から比較的歴史が浅く,コンパクト=遡行・資料収集に有利。
・黎明期から現在に至るまで,常に学際的な領域* 通時的にも共時的にも比較的多面的な様相
・生命と時計の比喩に関する12世紀以来の長い伝統(自然哲学,神学,社会論,倫理学,文学,音楽etc.)
・東西占星術(学),神智学,バイオリズムなどの周辺概念との関係性の面白さ
・時間医療・厚生労働政策を中心とした,社会と科学との接点
→にも関わらず,科学技術社会論・文化史としての生命リズム研究はあまりなされていない
*時間生物学の学際性:
・基礎生物学としての重要性:生命の環境適応体制(バクテリア,動物,植物,菌類,原生生物に共通した生理学的特質)
・あらゆる生物の階層に顕在(細胞,組織,器官,個体,個体群,生態系):生理学,内分泌学,生化学,分子遺伝学,数理生物学,理論生物学などに及ぶ。分子生物学・システムバイオロジーの花形トピック
・農業上の応用面:生物時計を基礎とする季節繁殖,開花調節,太陽コンパス
・時間医療(時差ぼけ,季節性鬱病,不眠症,神経症,時間薬理治療など),シフトワーク管理などの社会厚生労働政策への関与
・時間論,生命論との関わり(「生物における時間とは何か」「リズムと時間認識」etc)
今回は,時間生物学が積極的に排除しようとしてきた「擬似科学的」ないし「オカルト的」俗説としてのバイオリズム論と時間生物学の関係性について検証してみる。
バイオリズム理論とはなんだったのか?
バイオリズム説の一般的前提:人間には,誕生日を起点として,
・身体(physical cycle:23日周期)
・感情(sensitivity, emotional cycle: 28日周期)
・知性(intellectual cycle: 33日周期)
の周期性がある (Wernli, 1960; Thommen, 1961, 1964, 1973; Gittelson, 1975)とする俗説。
*別称:PSI(PEI)理論,フリーシアンリズム(Fliessian rhythm),ポップバイオリズム
なぜ,いまバイオリズムをとりあげるのか
いわゆるバイオリズムブームは1960年代から1970年代後半。
契機となったいくつかの一般書:
Wernli, H. (1961) “Biorhythm: a scientific exploration into the life cycles of the individual” (NY, Crown)
Thomen, (1964, 1973) “What is your day” (NY, Crown)
Gittelson, B. (1975) “Biorhythm: a personal science” (NY, Warner)
日本への輸入:
ジュロ「バイオリズムは人生を変える」中央公論(1964年12月号)
トーメン「バイオリズムの基礎」(Thomen (1964)の白井勇治郎による翻訳,1971年)
田多井吉之介(1914-?)
「生活をあやつる神秘なリズム:バイオ・リズムへの招待」(講談社ブルーバックス,1965年)
「バイオリズムとは何か:その基礎と応用」(講談社ブルーバックス,1973年)
白井勇治郎(1914-1996)「自分のバイオリズム入門」(1980年: 1993年段階で54刷)
以降,続々と通俗的なバイオリズム紹介・応用本が出版された。なお,欧米圏では,日本が有数の「バイオリズム社会」であるとして誇大に宣伝
現在では下火となっているものの,一定レベルで定着
(殆どの生命保険会社,自動車連盟は国際バイオリズム協会と契約:2004年現在)
全国の交通安全協会との契約(千葉県,大阪府ではバイオリズム研究予算計上)
日本体操協会(2001年契約解除)
2008年2月13日現在のgoogle検索(一般用語として強力に定着)
生物リズム 778,000件
バイオリズム 777,000件
生体リズム 485,000件
生物時計 480,000件
体内時計 422,000件
生体時計 277,000件
体内リズム 115,000件
概日リズム 34,800件
2008年2月13日現在のPubMed検索(医学生物学系の文献検索)
biorhythm 126,532件
rhythm 89,844件
circadian 57,600件
biological clock* 7,203件
バイオリズム論の黎明期(19世紀末〜20世紀初頭)
よく語られるバイオリズムの発展史「23日周期の身体リズム,28日の感情リズムを,FliessおよびSwobodaが19世紀末に独立に発見,記述。1920年代にスイスのTeltscherという教師が33日周期の知性サイクルを発見」
Wilhelm Fliess (1859-1928) ベルリンの耳鼻咽喉科医。1910年ドイツ科学アカデミー会長(?)。一時期フロイトの交通相手として重要な位置を占め,フロイトのフリース宛書簡(1887-1904)はフロイト研究の最重要資料の一つとなっている。ヘルムホルツ派の生理学信奉者から独自の理論を展開。両性性への着目と密接にリンクした23日,28日周期理論提唱。E. Jonesのフロイト回想録:「私はフロイトがフリースと知り合いであることは知っていたが,密接な関係があったとはもとより知らなかった。私は彼に虫垂炎の痛みが不規則な日数の間隔を置いておこる時,フリースはどう扱うか尋ねた。フロイトは半分からかうように私を眺めていった。『そんなことはフリースには何でもなかっただろう。彼は素晴らしい数学者で23と28にその差を掛け,答を足したり引いたりしたり,またもっとこみいった算術で彼の望む数にいつも到達したものだ』。これは1890年代の彼の対度とは余程ちがったものである。」(『フロイトの生涯』)
Hermann Swoboda (1873-1863) ウィーン大学の心理学教授。ウィーン市特別名誉勲章・名誉学位(1951年?)。
数秘術的な数字への執着:数学に対する憧れ? 生命の数理解析? ピタゴラス-ケプラー的神秘主義?
cf. フロイトの指摘(生物学のケプラーとしてのフリース)
セクソロジー,精神医学との本質的な関わり。
Freudの書簡中の記述:Brauer(ヒステリーの定式化), Swoboda, Fliess, Weininger(『性と性格』)を巡って人間関係が交錯。Fliessの場合,男女両性理論と周期理論は密接に連関。Weiningerは,Fliessの知識を,Freud,Swoboda経由で入手。
誕生日の考え方:とくにSwobodaについては宿命論的傾向が明白
当時の学者とのやりとり。Schlieper本へのOstwaldの推薦文(後述),Freudの反応(絶賛から批判へ),Fliess本の中での複数の学者とのやりとり。à資料調査中
どの程度Fliessらの「バイオリズム理論」は特殊だったのか? 19世紀の生物・性サイクルの研究史
生物リズム研究は,時間生物学の制度化(1940-1960年代)の遥か以前から,結構盛ん。また,よく知られる月のリズムについても多くの研究が行われていた(28日リズムは,基本的に月のリズムと近い)。
いくつかの記述例(時間生物学研究の先駆けとしてよく引用される19世紀末の植物生理学者たち- Sachs, Pfeffer, Darwinら-の仕事以外)
Thomas Laycock (1812-1876) エディンバラの医師として活躍。精神医学と脳科学に関する著書のほか,一般的な臨床コースのための教科書Lectures on the Principles and Methods of Medical Observation and Research’(1856) Lecture IV: On prognosis and on the order of succession of morbid phenomena (病的現象の経過と予後について,p111-130) :病気の予後推定のカギとしての病理現象の周期性を詳細にとりあげ,注意を促している。
セクソロジーの展開
19世紀からの性サイクルに関する近代医学的研究の流行。Henry Havelock Ellis (1859〜1939)『性の心理学研究』(1901)の第二部は性サイクルに関する豊富な記述。Fliessに関する記載も
cf. 山田風太郎『男性週期律』もネタ本はエリスの論文と思われる。
エリス「性的周期律の現象」(増田訳)pp.2 「性的機能は,動植物界を通じて悉く周期律的である。(中略)一派の學者達が考えている様に,第一には太陽,次には太陰が性の現象に極めて顕著なリズムを与えているのを見る。で,これらの現象を理解しようとすれば,吾々はただ単にそうした周期律的事実が存在すると言うことを知るだけで満足せず,更に進んで周期律の有する意義を理解することが是非必要である。これは殆ど言う必要もないほどに明白な事実ではあるが,そうしたリズムは常に性的作用にだけ認められる特徴ではない。それは,生理的方面に於いても,心理的方面に於いてもありとあらゆる生物の活動に認められる特徴である。すなわち,これを生理的方面から観察しても,身体のどんな器官もが,律動的な伸縮運動を絶え間なく行っているもののように思われる」
心臓,呼吸,脾臓,膀胱,至急,脈拍,筋肉細胞,生長などを例示。Malling-Hausen(マリング・ハンゼン)ら:生物成長の周期律。ボルトン:三あまりの種々ことなる心理的注意力(「いかなる連続音に対してもそれにリズムを与えて聴いている」「音にリズムを認める作用には,外来音をその人の筋肉運動に適応させようとする強い衝動が伴っている」)。
pp.5「月経に及ぼす太陰の影響:ここに観察しようとするのは,宇宙的リズムの影響-ある程度までは事実であり,ある程度まではおそらくただそう見えるだけに過ぎぬように思われる-についてであるが,これによってみると,生物が生理的にも心理的にも,その作用にリズムを持つ傾向が如何に一般的であるかがわかる」。続いて,ダーウィン(Decent of Man)の記述をひき,「別に月経現象には言及してはいないが」鳥類の孵化や哺乳類の受胎その他これに同様の周期性の起源が「進化論的に見ると,満潮の中に済む場合と干潮の中に済む場合とに海鞘(ホヤ)類が示す状態中にさえも見出される」「とは言え,ここで注意しなければならぬことは,脊椎動物がホヤ類から発生したという学説からが既に,これまで幾多の方面から反証を挙げられ,非難されてきている学説だと言うことである」。
ちなみにエリスは強力な優生学者:Swobodaも(Sebenjahrの執拗な家系探索)。運命論的進化解釈,周期予測,ある種の未来志向などがこの時期充満?
cf. 生物学者・動物学者たちによる性周期への着目と,医者のそれとはまったく異なる。生物学者にとって月経周期の28日というのは相対的(マウスは4日)。たとえば,『動物の活動週期』(1948)の中で森主一は性周期にそれほど多くを割いていない(彼は外的同調による活動レベルの制御に重きを置き,心臓の拍動に類する「生理リズム」と一定の距離を置いていた。ただし,リズム一般という意味での重要性は認めてはいる)。また,朝山新一『性の現象』(1939)でも,性周期については殆ど触れられておらず,温度差が際だつ。
バイオリズム説以外の20世紀初頭のリズム解釈
・神秘思想,生命主義,セクソロジーの中で,リズムの占める位置はきわめて大きい。
cf. 鈴木貞美(1996)『「生命」で読む日本近代:大正生命主義の誕生と展開』(日本放送出版協会)
・R. Steiner (1861-1925)のリズム理論:天体と精神の共鳴「Fechner(注:1801-1887。実験心理学の創始者の一人とされ,『精神物理学綱要』などを執筆。月の天気への影響を統計的に「実証」したとされた)は,Schleidenとはまったく異なった人物だった。彼は精神に目を向け,それゆえ,天体の影響を否定しない傾向があった。Fechnerが考えていたことは,「月は単に望遠鏡で見ることのできる形態のものではなく,他の現象と同じく心魂を有するものだ。したがって,月の心魂から地球の心魂への作用が存在すると想定できる。その作用は,日常生活の深みや気象現象のなかに現れる」ということだった」(”Vortaege ueber Rhythmen im Kosmos und im Menschen”, 1924,『宇宙と天体のリズム』西川隆範訳,風濤社)。昼間-太陽-肉体・顕在化する物質相vs 夜間-月-精神・心魂・創造的思考à14日周期の思考周期(思考と直感の律動)。魂(24時間周期),精神・思考(アストラル,7日周期),生命・感情(エーテル,28日),物質的身体(男性336日,女性280日)との説もあるらしい(前掲書,解説:『人間の4気質』:岩崎未確認)。7年ごとの段階的発達説。
・L. Krages (1872-1956)のバイオタクト・リズム論 「どんな自然の水波も,振子とは明確に異なっている。拍子が同一者の反復なら,リズムは類似者の再帰と言わねばならない」。「リズムとは,普遍的な生命現象であり,それに対して拍子は人間のなす行為である。リズムは,拍子が全くなくても,きわめて完全な形で現れうるが,それにたいして拍子はリズムとの共働がなければ現れえない」「事象や形態をリズム化するのは生命そのものである。それゆえ,リズムの中で振動することは,生命の脈動の中で振動することである」(『リズムの本質』,杉浦実訳,みすず書房)
・J. Itten (1888-1967)のバウハウスでのリズム研究:シュテルツルのイッテン最初の授業(1919)の記述から「イッテンのお陰で大事なことが分かりはじめた。彼の最初の一言はリズムについてのものだった。はじめに生徒は,自分の手を,使える状態に作り上げねばならない。指をしなやかにする。ちょうどピアニストが指の練習をするように,われわれも指を訓練する。この最初の段階で既に,われわれはリズムの生じる源,円の無限運動を感じ取る。指先に発した運動が手首にあふれ,肘を抜け肩を抜けて心臓に至る。素描とは,見たものを再現することではなく,外的刺激によって(むろん内的刺激によっても)感じ取られたものを全身で表現することだ。それは外に現れ,何らかの芸術的な造形に,あるいは脈動する生命そのものになる。(中略)(運動も)最初に目に入ってくるのは決まって様々な明暗の階調のもたらすリズムなのだ。」(イッテン展カタログ『ヨハネス・イッテン 造形芸術への道』から)
著名な物理学者たちの賛同:OstwaldとArrhenius
Ostwald:リガ工大,ライプチヒ大教授。電離説の実験的検証や希釈律,物理化学の制度化に貢献,ノーベル化学賞(1909)。反原子論のスタンス,19世紀末のエネルゲティーク(エネルギー論)の主唱者としてボルツマンと論争。イオン説のアーレニウスSvent Arrhenius(1859-1927)を見出した。電離説の提唱後,アーレニウスは「宇宙時間」研究に没頭,生物のリズムと宇宙のリズムの対応関係を研究。
Fliessの仕事を広く紹介したSchlieper “Der Rhythmus des Lebendigen” (1909) に対し,ドイツの物理化学者F.W. Ostwald(1853-1932)への推薦文。フリース本へも肯定的記述あり。「Fliess “Ablauf des Lebens”: これはこの著者の大変豊富で,しかも興味深い内容のごく表面的な紹介に過ぎない。この独創的で大胆な思考方法が現在の科学権威との闘争にいかに勝利を収めうるかは,単なる素人の私としては見解を述べることはできない。しかし,この著書には非常に多くの意義深いもの,新しいものがもりこまれているので,現代科学に撮って貴重な刺激となり,新しい進展への要請となるであろうと確信する。」(白井『バイオリズムの基礎』あとがきに引用)
時間生物学黎明期との同時代性?
時間生物学側の遡及史観ではとらえきれない,生命リズムに関する文化的・知的雰囲気が醸成されていたと考えるべきでは?
ホメオスタシス理論との関わり(とくに時間生物学の立ち上げに関与)
ポスト=フリース期の展開:シュリーパー,ジュッド,シュヴィング,フリュー(省略)
大衆化過程:アメリカ
アメリカ:Wernli, Thommen, Gittelson
Wernli (1961) スイスの文筆家によるバイオリズム理論の紹介。Thommen監修による英語訳。Thommenによるバイオリズムチャート表の販売(Cyclegraf)。Thommen(1964), Gittelson(1975)の通俗的紹介本大ヒット。続々とそれに続く解説書の横溢。なぜこれほど受けたのか?
多くのバイオリズム本で,「Teltscherと同時期に33日周期のリズムを発見した」との記述あり。しかし,Hersey ”Better Foremanship: Key to profitable management” (1951,2nd ed. 1955; Chilson Comp.)の記述はそれを支持していない。欧米での労働者の調査-> 800件の事故の60%はbe worried, apprehensive, or other low emotional stateの時におこる。長期間の観察から,「すべての男性労働者には感情リズムがあり,外的刺激ではなく,内的な生理過程によるものと思われる」。しかし,彼の観察では感情サイクルは平均35日周期,Physical cycleは42-49日周期であり,さらに個人差も大きく,外界の状態の影響も受けることになる。その意味で,Thommen=Gittelson流のバイオリズム周期とはまったく異なっている。彼によればP=low, E=highのときは危険ではない。E-low, P-lowのときが最も危険p.147)。
さらに,最も重要な齟齬:誕生日を起源とするバイオリズム理論には組せず,各人のリズムは長期に渡る記録からの推察しか方法がないと記述(理由の一つは個人差のばらつきが大きいことへの着目か?)。また,体力サイクルの指標として,デジタルな検証の容易な赤血球の数をあげている。
未入手の重要文献:Hersey, R.B. (1936). Emotional factors in accidents. Personnel Journal, 15, 59-65. Unknown binding: “Worker’s emotions in shop and home” (441 p, Arno Press; Amazon used)
バイオリズム仮説の尾ひれと展開:アメリカでの特許などはどうなってる?
バイオリズムチャート・計算機発売
軍・交通安全協会・自衛隊・企業における集団管理・安全管理への応用
33日周期(Teltscher)に加え,38日周期の直感サイクル(Gale),
男女生み分け法,ダイエット法,スポーツ,競馬予想,相性診断
日本のバイオリズム研究の絶賛
「バイオリズム利用の最も顕著な成功は日本で交通警察や交通安全協会によって達成された。Thommenの本に刺激された東京の警察は,1971年に交通事故の80%までが運転手の要注意日にあたっていたことを報告している。同じ頃,大阪府警も100以上の交通事故がバイオリズム理論に符合するものであったとレポートした。etc.etc….」(Gittelson, 1975)その他ポップバイオリズム文献リスト参照
日本のバイオリズム普及
田多井吉之介と白井勇治郎:国際バイオリズム協会:覇権争いと独自の展開
国際的には,おそらく田多井のほうがよく知られていただろう(二冊の英語本)。白井の情報もThommenの著作に引用されている。Gittelsonは白井,田多井をcompetitorsとして両者肯定的に紹介。
田多井吉之介(1914-):通俗的医学書・健康書では戦後最大のライター・医師の一人。ストレス学説の普及,睡眠と健康に関する著作も膨大。東京帝大医学部卒,国立公衆衛生院生理衛生学部長,東京農大教授。日本バイオリズム研究所主宰。厚生省の委員等も歴任し,厚生労働政策にも影響力を持っていた。
田多井のバイオリズム本の特徴
1. 時間生物学との関わり,日本での自分の専門家としての位置づけを最大限に強調:Halbergとの関係
「ところで,日本でのバイオロジカル・リズムの研究はいつから始まったのでしょうか?日本では,このような境界領域の専門家は,戦前には全くいなかったのです。(中略)自主的に選んで研究した私の医学博士の学位論文が「季節変動に対する人間の適応能力」という,ズバリのバイオロジカル・リズムの研究成果であることを想起すると,私が日本でただ一人のバイオリズム学の専門家として,世界各国の学者と広く交際しているのは当然だといえましょう。このような境界領域の研究から,とくに親しく交際しているのが,ミネソタ大学のハルバルグ教授で,名前を呼び捨てにする間柄です。なぜなら,かれは私が二十数年前に国際生理学雑誌に公表した人体リズムのホルモン学的研究に刺激されて,はじめてバイオロジカル・リズムの研究をミネソタ大学で始めた学者です。いわば私が先輩格です」→ 事実に即していない!
2. 企業指導:「欧米で今世紀発見されたバイオリズムが,なぜ欧米では進歩せず,最近,私という日本人学者の手で急速に伸びるようになったのかとのNBCテレビの質問に対して,(中略)次のように答えました。欧米では,とかくバイオリズムを占星術と混同しています。でも,日本では,バイオリズムを神秘主義的宿命論として,はじめから取り扱っていません。日本でも欧州と同様に,バイオリズムの要注意日に事故が多発するとの分析が統計的に得られた以上,ただ漫然と欧米と同じことを反復し,同じ分析を繰り返しても遊びにも及ばない全くのナンセンスです。(中略)ほんとにバイオリズムカレンダーを用いて事故が減ることを証明しなくては,なんにもなりません。それは一種の社会実験です。研究室の中に籠っていては,いくら考えても決して達成できない研究です。幸い,横浜北電報電話局,近江鉄道,国際自動車,三八五観光タクシー等の安全研究者が,事故予防に熱心だったからこそ,達成された成果なのです。」
3. トーメン本からの無断転載とそれへの非難(意匠権・著作権係争で敗退。次第に白井・高橋らの日本バイオリズム協会,国際バイオリズム協会へと主導権移行)
日本における採用(警察,生命保険,自衛隊)
バイオリズム占い? (血液型との関連,独自の占いブーム,CASIO電卓)
影響(「男性週期律」,バイオリズムという単語の一人歩き:Dr.コパ,産業,生物学,その他諸々)
バイオリズム仮説の批判的検証(1970-1980s)
時間生物学者たちによる批判
F. Halberg(ミネソタ大)「(Thommenの本に対し)彼は不変で固定されたリズムを語っているが,我々の知っている現実のリズムはもっと柔軟で頼りないものだ」(Gittelson, “Biorhythm”, 1975に引用)
J.W. Hastings (ハーバード大)「まじめな研究者のまともな研究対象になる価値はまったくない」(ibid)
C.S. Pittendrigh(スタンフォード大)「この説は全く馬鹿げた,稚拙なデタラメだ。」(ibid)
A.T. Winfree(スタンフォード大)「多分,バイオリズムの計算をするための有効な誕生日と言うものは,一生の間に日付変更線を通過する累積数によって差引き勘定されなくてはならない。洞窟を探検したり,北極圏に済んでいたり,潜水艇で働いて多くの日を失った人も,実際の誕生日に適当な習性する必要がある。もしかなり異なった時間帯に移動した時は,どうすべきか明らかではない。(中略)バイオリズムは,盛んに宣伝され,誰もがそれがちゃんと働いているのかどうかチェックするよりもずっと前に,商業的に成功してしまった。(中略)今では,誰もコンピューター化されたバイオリズムのチャートサービスの広告を見ることができる。空港やオフィスビルで身なりの良い人がカシオのバイオリズム計算機を手にしているのを,普通に見かけるようになった。(中略)一つのチームが結論したように,“個人個人は,良い日と悪い日がある。しかし,その生起はバイオリズムでは予測できない”。人が予測された日にトラブルを多く経験したり,報告するのは,それらの日にトラブルが起きると教え込まれている時に限られるのである」(Winfree, “The Timing of Biological Clocks”, 1987, 『生物時計』鈴木善次・鈴木良次訳,東京化学同人)
G.G. Luce (NIMHのレポート中)MythologyとしてBiorhythmを批判的に総括「Fliessの騒々しい低次元の単純な数学は彼の数式に散見されるが,それらは明白にゴミである」(National Inst. Mental Health, “Biological rhythms in psychiatry and medicine”, 1970)
G.G. Luce:フリースの簡単な紹介:否定的に紹介しながら「たとえフリースの式が幼稚であっても,それを裏付けている考え方がひどく間違っているとは限らない。少なくとも,自分の周期を経験的に予測することは,そう間違ったことのようには思えない。(中略)人は全て周期的な存在であるが,簡単な式のようにはいかない」(“Body Time” (1971))
クピリヤノヴィッチ『バイオリズム』(1976)ソ連の睡眠研究者が書いた入門書。睡眠や,当時流行の先端にあった睡眠学習を説明しながらも,幅広く時間生物学的な内容と,フリース流PSIリズム学説をともに肯定的に紹介。基本的には田多井らと同様のアプローチと類似するが,時間生物学的記載のウェイトが大きく,その他のバイオリズム通俗書とは一線を画している感もある。
cf. こうした意見に対して,バイオリズム論者の正面からの抗議は少ない。Gittelson (1975)は例外的。
Hines, Garzinoらの研究
・Hinesの批判は主として2点ある。(関連事項後述:7節「バイオリズムブームの構造」)
1) 永続的で普遍の生命の周期を実現する精密な機構は考えられない
2) 統計的無根拠性
バイオリズム論者による科学知識の引用の実態(Brown信奉,Halbergの生物リズム理論との親和性)
田多井の場合,特にその傾向が甚だしいが(特に『生活をあやつる神秘なリズム』),一般的にも科学(時間生物学)知識を随所に鏤めた構成をとっているものは多い。
Thommen, 1974: 「内在するリズムが,正確に,そして外界と関連して持続し続けるという問題には,実験生物学が答を出している。20世紀初頭の10年間に,ドイツの植物学者で自然科学者ヴィルヘルム・ペッファー(1845-1920)が,すでにこのことに関連のある適切な実験について報告している。」さらに,ペッファーの植物の就眠リズムの研究を,独自に人間に援用し「上述の観察は人間の幼児の出生過程において,全ての感覚に対する強烈な刺激や新しい器官の機能の開始が,すなわち,幼児の体内に,リズム時計をセットすることになるとの仮説を裏書きしている」さらに,Went, Halbergらを引用,「最近の実験の多くが,24時間サイクルのような短いリズムに集中しているけれども,同じ基本原則が,バイオリズム数学が主張している長期リズムにもあてはまると思われる」(”Is this your day?”)
天体からの電磁波等,微妙な影響がリズムに影響を及ぼすと主張したNorthwestern大の時間生物学者Brownは,最もよく引用される一人。主流時間生物学の中でも反逆者的に描かれることが多い=> 「一角獣の生物時計」(森『動物の生活リズム』に引用):アクロバティックな統計操作をすることで,乱数から一見意味のある周期成分を抽出できる(Brown批判)。
Franz Halberg (1919-): 臨床医出身。ミネソタ大学ハルバーグ時間生物学研究所長。Circadian, Circa-rhythmの定着化。Chronobiologyという単語については,発案者ではなく,普及者(Halberg et al., 2003, J. Circ. Rhythms 1(2): 1-73)。
いかに(内因性の)周期成分をとらえるか。統計手法を駆使するBiometricな手法を展開
さまざまなリズム成分のエンサイクロペディア・階層性(circaseptan rhythm論争,近年のChronome構想)
同時に,外環境変化と対応する長周期リズムの探索にも意欲的(11年黒点周期など…)
潜在的に,宇宙と生命のリズムの対応(20世紀初頭のブーム)と親和性あり(ただし,むろんポップバイオリズム理論には批判的)後述参照
学位論文/批判論文の検討:Hines (1998) Pscychol. Rep. 参照(若干整理に問題があるので,現在再検討準備中)
日本での批判:専門家による強烈な批判や否定的言及は,欧米に比べるとかなり少ない。特に,「基礎系」研究者は,基本的には無視する傾向にある。
バイオリズムに対する記述なし:森『動物の生活リズム』(1972),川村『脳の中の時計』(1991),桑原『動物の体内時計』(1966),千葉『生物時計の話』(1975),宇尾淳子『生物時計をさぐる』(1977)
臨床系研究者・ジャーナリスト・ライターによる批判的記述は比較的多い。
田村康二(山梨大名誉教授)『生体リズム健康法』(2001)「バイオリズムは占いだ。しかし時間医学は科学です:生体リズム・時間医学の話をすると,よく「それはバイオリズムのことですか?」と聞かれます。実は時間生物学・医学を研究している者としてはバイオリズムという偽科学を科学の世界から追放してきたのです。バイオリズムというのはドイツのベルリン大学のフリーズ博士が1906年に唱えた説です。彼は自分の個人的な経験から体は23日,感情は28日,知性は33日のリズムがあると断定したのです。しかし人のリズムはこんな単純に決まるものではありません。そこで占いとして使われているのです。この点はわが国の血液型占いに似ています。ですからバイオリズムと時間生物学・医学とは全く違うということをよく理解して頂きたいのです。」(p.14)
粂和彦(熊本大学助教授)『時間の分子生物学』(2003)「生物リズムというと,昔流行したバイオリズムを思い浮かべる方がいるかも知れません。(中略)本当ならとても興味深いですが,残念ながら科学的な裏付けはまったくありません」
鳥居鎮夫(東邦大名誉教授)『体内時計の直し方』(1997)「バイオリズムとは,19世紀末のドイツの医師フリースが思いついた説で,最初あのフロイトが持ち上げたために,有名になってしまいました。しかしフロイトは,すぐこの説が根拠のないいかげんなものだと気付き,退けました。ところがそのころにはこの考え方が随分広まり,信じる人が多くなっていたのです。(中略)しかし,理論とも呼べないほどのこの説は,間もなく多くの科学者によって反証を挙げられたり,その根拠のなさを論理的に突かれ,いまでは信じる人はほとんどいません。」(p.72)
本橋豊(秋田大医学部教授)『夜型人間の健康学』(2002)「日本では国立の研究機関につとめる学者が一般向け教科書のような形でこの理論を紹介したものですから,世間の誤解を一層複雑にしてしまったようです。労働災害の予防にもこれが役立つ等と宣伝されたため,産業界にまで広まり,労務管理の一策としても使われたことがあります。しかし,その後この『理論』のいかがわしさが看破されました。(中略)この「バイオリズム理論」はまさしく科学的根拠の乏しい仮説を信じることがいかに有害かを一般人に知らしめる好例でした。同時に,科学的根拠に基づく医学をどのように理解してもらったらいいのかということをも投げかけた一つの事例でもありました」(p.59-60)
….しかし,どのように「有害」だったのだろうか? 「論理的な根拠のなさ」は自明のものだろうか? 「多くの科学者による反証」の具体例をどれだけ知っているだろうか?
むしろ,徹底した批判的検討(研究論文)が欠如していることは,アメリカとは事情が異なっている。アメリカでは教育学部・心理学部を中心に,かなり広範な検討が行われたが,日本ではほとんどなされていないようである。その間,日本バイオリズム協会,バイオリズム研究所の肯定的見解が多く公表され,日本は有数のバイオリズム利用国として対外的にシンボライズされていく。日本のマスコミの役割や科学ジャーナリストのコメントや書評などを,総ざらいしてみる価値がある。
*バイオリズムに反対するのが常に主流の時間生物学パラダイムに属すものとは限らないことに注意!
例: G. Playfair & S. Hill, “The Cycles of Heaven: cosmic forces and what they are doing to you” (1978, St. Martin’s Press; 368pp):全体として,いわゆるBiofeedback理論に焦点を当てたニュー・サイエンス本。しかし,Cyclic eventsについて,それなりに調査してあり,Chapter 6 ‘Cycles’ (pp181-198), Chapter 7 ‘Biorhythm’ (pp.199-210)は参考になる。infradian rhythmとultradian rhythmの意味が正反対になっているなど,初歩的な時間生物学のミスを犯しているが,大筋には関係ない。彼らは,pop (Fliessian)biorhythmという呼称で,いわゆる狭義のバイオリズム論を批判的にとりあげている。要点は以下の6点。i)-v) は,バイオリズム批判としてはかなり正統的なもの。Hines,Gardnerらの批判ともほぼ符合している。
もし彼ら(バイオリズム信奉者)の説が正しければ,一ヶ月に’critical day’は6回ある。いくらC. ゲーブルやMモンローが要注意日に死んだのが事実としても,統計的に処理しなければ意味がない。」
「個人差や周期の乱れがまったくないことはあまりにも信じがたい。」
個人的な異議として,「二人の著者の内のひとり(GLP)のチャートは,実際とまったく合わなかった。」
「月のリズムは27.2-29.5 daysの幅があるが,正確に28日などという周期は自然には存在しない。23日,33日についてもそうだ。したがって,身体がentrainできるようなサイクルは存在していない」(p. 206-207)
Herseyについても指摘:「ハーシー博士の仕事が時々フリース学派の説を支持するものとして引用されているが,よく調査すれば,むしろフリース学派の説とはまったく逆のことを言っていることを指摘している。」また,Fliessian biorhythmを批判的に検証した論文として,Rogers, CW., Sprinkle, RL., Lindberk, FH (1974) Internat. J. Chronobiol. 2 (3): 247-252 “Biorhythms: three tests of the predictive validity of the “critical days” hypothesis.’を挙げている(岩崎未調査)。
ただし,Dr. Leonard J. RavitzがH.S Burr (Yale, Prof.) が開発した’electric tides’ (BurrがL-fieldまたはelectrodynamic life fieldと命名し,すべての生物が持っていると主張したもの)を測定することで,14-17日および28-29日の周期性を発見した,という報告がある(p. 207; Ravitz, LJ. ‘History, measurement, and applicability of periodic changes in the electromagnetic field in health and disease’ Annals NY Acad. Sci. 98(4): 1144-1201)。バイオリズム論者がこれを引用していないのは「不思議」(p.207)。(岩崎未調査)
*時間生物学者はバイオリズムに反対することで,同時に自分の守備範囲の一つの境界線を設定した。この本では,生命体への外部からの影響を重視するゆえの批判という側面が大きい(entrainできないリズムへの懐疑)。Synchronous vibrationに振れ,バイオサイクルのentrainmentに注目し,Chapter 8 (Bioentrainment)さらにChapter 9 (Biofeedback)へと入っていく。それらでは,内因性振動の外部との関わりが強調され,時間生物学的な時計の同調実験や,気,あるいはBrownのexternal cueの考え方などが紹介される中,とりわけ電磁気的なものへの同調がとりあげられる(Biofeedback理論への足がかり)。
バイオリズムブームの構造
『超科学を斬る』におけるHinesの分析
一見その理論を支持しているように思われる一連の出来事のリスト
あたかも科学的研究を行っているようなほのめかし。
日本での業績の引用への懐疑「残念なことに,そうした日本の研究については引用がなく,また本当に研究が行われているのか調べられた形跡がない。結局のところ問題の運送会社がバイオリズムを使ったお陰ではたして業績があがったのか,という肝心な点がわからないのである。この種の怪しい研究を幽霊研究とでも呼んでおこう」
バイオリズムの存在を否定する数多くの研究について触れようとしない。まして正面切って論陣をはったりしない。
バイオリズムは自分の生活にあてはまったという体験:人間の記憶の持つ選択的な生活のため(暗示効果による記憶の再編)。
注: Hinesは,講義用あるいは一般用に書いた”Pseudoscience and Paranormal”(邦訳『超科学を斬る』)と,心理学専門誌Pscychol. Rep.にバイオリズム理論批判を書いているが,その記述には,少なからぬ温度差がある
占星術との構造的な関わり:必然的な予言的性格(永田,クーデール,ゴークラン,ルイス)。
60年〜70年代特有の問題:超科学ブーム,既成科学への異議申し立て,
ジェンダー論との関わり
・周期性のステレオタイプ(28日〜女性周期〜感情;23日〜男性周期〜体力)
・男女産み分け法
リズムの多義性はどこへ?「生命のリズム」という語にはさまざまなニュアンスが込められている(いた)。
・ダイナミズム,躍動感,非線形科学,システム生物学,エコロジー,伝統医学
・単調さ,正確さ,律儀さ,単純還元主義・機械論,生化学,構造解析
・予見可能性=宿命論,遺伝的決定論(優生学・優生思想),占星術
似て非なる(?)拡大版時間生物学との対応
そもそも,誕生日端緒を除外すれば,本当に感情/体力のリズムはあるのか?
「時間宇宙生物学」Bioastrobiology, Bioastromedicine学派の精力的な展開
「生命現象には生体リズムが存在します。生体リズムは、すべて時計遺伝子機構により発振されています。時計遺伝子は、生態系を介してヒトが長年をかけて宇宙に適応した結果の所産と考えられています。適正な生体リズムを保つことは、QOLの改善のための大きな要因であるだけではなく、疾病予後・生命予後にも影響する要素であると考えられています。
「宇宙活動・生態系と生命現象」との関連性を、真摯に科学的に追求することにより、従来の方法論とは異なった「疾病の姿」が見えてくるのではないかと期待いたします。宇宙との関わりには、生体リズムだけではなく、無重力の影響、地磁気をはじめとする光以外の電磁波の影響、衛生問題等、様々な要因があります。これらの要因の全てと生態系・生命現象・疾病との関わりを観察し、討論し、考察して行くことがこの研究会の目的です。(中略)時計遺伝子の発見とともに、時間生物学の概念は、医科学・臨床医学の新しい分野として、ほぼ定着いたしました。これからは時間生物学を念頭に置いた治療、時間治療学の発展が課題とされます。そこで本研究会では、治療効果を最大にし、副作用を最小にとどめるための時間治療、あるいは、必要な時間帯に濃厚な治療を、そして治療を要しない時間帯には治療をできるだけ施さないと言った、時間治療の概念を啓発することをもう1つの目的にしています。」(第1回大会会長講演要旨:大塚邦明・東京女子医大教授)
中国の時間医学におけるバイオリズム(黄帝内経以来の中国医学)
運気論:『黄帝内経』(戦国〜奏漢)の運気七編:五運(五行:木火土金水)六気(風熱湿火燥寒)など,天地のあらゆる気候規律と人体の発病との関係,治療に関する古典(中国伝統医学の聖典とされる)
*こうした伝統を踏まえ,中国では独自の時間生物学が展開。
祝恒深主編(1998)『中医時辰治療学』(華夏出版社,pp.529)は,時間生物学の展開を踏まえた伝統医学の今日的展開を期した総説・症例集であり,貴重な情報源。主としてHalberg流の時間医療の解説と,伝統的な中国の周期医療,Pittendrigh, Aschoffらによる基礎生物学的知識の解説が混交している。また,フリージアンバイオリズムについても,複数の著者により肯定的に紹介されている。さらに,その中には,出生ベースのバイオリズムではなく,冬至を原点とするバイオリズムの紹介もあり,興味深い。情報量が豊富で参考になる。(東郷俊宏氏提供)
方云鵬・方本生(2002)『時間医学与針灸万年歴』(峽西科学技術出版社)。鍼灸の書物だが,より古典的な中国天文周期学に則った伝統医療指南書
呉今叉編(1987)英文時間生物学述語(科学出版社)。時間生物学用語集。かなりはっきりと欧米流の時間生物学を指向した内容となっている。
第1回国際時間生物学時間医学会議(First International Conference of Chronobiology and Chronomedicine)要旨資料(1988年10月2-7日,成都で開催)。Halbergらが中心となって中国で開催。日本からは大塚邦明(東京女子医大),太田龍朗(名大)ら数人が参加。Halberg学派の時間医学者を中心にした発表と,中国の伝統医学に基づく多数の発表が行われ,中にはフリージアンバイオリズムの肯定的検証を行った発表も複数見られる。占星医術的内容も含まれ,興味深い。
このように,前世紀初頭のリズム観・生命観は,形を変え,今なお生物学,医療,伝承,占,バイオリズム診断などに脈々と息づいている。正統的時間生物学も,多かれ少なかれそのいくつかを共有しつつ展開されてきたとみるべき。
どうしたら読者は判断できる(できた)のか?
そもそも,境界領域では「専門」という考え方自体が怪しくなる
参照文献の功罪:遡行できる反面,衒学的幻惑効果も
科学リテラシー,科学ジャーナリズムの充実のためには…?
健康医学的記述と科学記述スタイル:
・田多井の一連のヘルスデザイン啓蒙書の功罪
・ 睡眠
・「身体リズムを整える」
・心理療法におけるリズム(自己訓練法)
・気とリズム
初期バイオリズム資料
Fliess, W. (1906) Der Ablauf des Lebens: Grundlegung zur Exakten Biologie (Franz Deuticke, Leipzig &Wien)
Fliess, W. (1918) Das Jahr im Lebendigen (Eugen Diederichs, Jena)
Fliess, W. (1925) Zur Periodenlehre: gesammelte aufsaetze (Eugen Diederichs, Jena)
Freud, S. (Ed. J.M. Masson, 1985) The complete letters of Siegmund Freud to Wilhelm Fliess 1887-1904 (Mark Paterson and Associates, Essex)(河田晃訳『フロイト1887-1904フリースへの手紙』誠信書房,2001年)
Freud, S. and Jones, E. (Ed. R.A. Paskauskas, 1993) The complete correspondence of Siegmund Freud and Ernest Jones, 1908-1939. (Belknap Harvard)
Hersey, R. (1951) Better Foremanship: key to profitable management. (Chilton)
Jones, E. (Ed. L. Trilling& S. Marcus, 1961) The life and work of Siegmund Freud (Basic Books Publ.)(竹友・藤井邦訳,ジョーンズ『フロイトの生涯』紀伊國屋書店,1969年)
Schlieper, H (1909) Der Rhythmus des Lebendigen (Eugen Diederichs, Jena)
Swoboda, H. (1904) Die Perioden des menschlichen Organismus in ihrer psychologischen und biologischen Bedeutung (Franz Deuticke, Leipzig &Wien)
Swoboda, H. (1905) Studien zur Grundlegung der Psychologie (Franz Deuticke, Leipzig &Wien)
Psychologie und Leben, II. Assoziationen und Perioden, III Leib und Seele
Swoboda, H. (1907) Harmonia animae (Franz Deuticke, Leipzig &Wien)
Swoboda, H. (1917) Das Siebenjahr: Untersuchungen ueber dir zeitliche gesetznaessugkeit des Menschenlebens (Orion, Wien)
Swoboda, H. (1927) Die Geschlechtsvererbung beim Menschen. Verhandlungen des V. Internationalen Kongresses fuer Vererbungswissenschaft, Berlin, 1927
19世紀-20世紀初頭の周期医学生理学関係(植物生理学分野を除く)
Chadwick, M. (1932) The Psychological Effects of Menstuation (Nervous and Mental Disease Publishing Co., NY and D.C.)
Ellis, H. (1901) Studies in the Psychology of Sex: the evolution of modesty, the phenomena of sexual periodicity, and auto-erotism. (F.A. Davis, Philadelphia)
第二章の邦訳として,増田一朗訳『性の心理2:性的周期律の現象』(日月社,1928年)
Van der Pol, B. & Van der Mark, J. (1928) The heartbeat considered as a relaxation oscillation, and an electrical model of the heart. Philos. Mag. VI, suppl. (Nov. 1928)
Wilson, L.N. (1914) G. Stanley Hall, a sketch. (G.E. Stechert & Co., NY)
Barfoot, M. (1995) Thomas Laycock and the Edinburgh Chair of Medicine, 1855. Nedical History, suppl. No. 15.
Leff, A. (2003) Thomas Laycock and the romantic genesis of the cerebral reflex. ACNR 3: 26-27
代表的なバイオリズム関係書籍
Alibrandi, T. (1976) BIO-RHYTHM: get the most out of your life (Major Books, CA). Thommen系列と目される。著者は,前年に”The Meditation Handbook”を著している。
Bartel, P. (1978) Biorhythm: discovering your natural ups and downs (Watts, NY). 概リズムの簡単な紹介を置いているほか,日本の成果について記述し,米国での推進の重要性も説いている。
Biorhythm Computers, Inc. (1961) BIORHYTHM CYCLGRAF. おそらく米で最初のバイオリズムテーブル商品のひとつ。G. Thommenが監修。
Crawley, J. (1996) The Biorhythm Book: Plan for the ups and downs in your life (Journey Editions) 最近のバイオリズム通俗書としては,おそらく最も売れている。バイオリズム初期研究への言及や文献記載はあるものの,もはや,現代生物学との対応付けはほとんど放棄されている。チャート記述が多く,クリントンなども登場。
Dale, A. (1976) Biorhythm (Gulf&Western Co) 冒頭が,2000もの日本企業がバイオリズムを採用して,仕事の効率化を達成しているとのニュースを紹介。Appendixとして生体リズム研究年表あり。De Mairanにはじまり,概日リズム研究についてもかなり豊富に記載。著者は”PhD, clinical psychologist and management consultant”と名乗っており,一見して生体リズムの専門知識を全編に散らしてある。
Gale, M. (1978) Biorhythm Compatibility (Warner) 相性予見だけあって感情サイクルに力点。リズムチャートの表現法が独特の直線状で変わっている(Gale Time Plot)。また,38日周期のintuition(直感) cycleを加えた4種のサイクルを重視。Herseyの効果について過大な記述あり。
Gittelson, B. (1975) Biorhythm: a personal science (Arco Publ. -> Time Warner)。少なくとも1996年度版まで更新出版されたポップバイオリズムの代表的古典。紹介記事によれば,著者はMITで研究したのち,Time Pattern研究所なる組織を創設,バイオリズムと占星術のコンピューター計算するサービスを開始,マスコミにも頻繁に登場していたらしい。バイオリズムのコラムを定着化させた人物と思われる。日本企業がバイオリズムで成功しているとの記述に数ページ割かれており,白井勇治郎訳で邦訳も出版されたようだが未入手。Thommenに捧げられている。
Gittelson, B. (1975) Biorhythm Sports Forecasting (Arco). 邦訳としてジッテルソン『バイオリズムによるスポーツ予測』(輿水厚訳,1991年,チクマ秀版社)がある。
Gotzl,P., Happe,A., Schenk, P. (1991) The Biorhythm Life Planner: how to plan your life for peak performance (Thorsons, Harper Collins). 比較的最近のバイオリズム啓蒙書。PEIの数値化と処理に独自の計算法を用いているが,全体的に目新しいところはない。FliessをFleissと表記するなど,初歩的な記載も粗雑。
Playfair, G. & Hill, S. The Cycles of Heaven: cosmic forces and what they are doing to you (1978, St. Martin’s Press) 上述参照。ポップバイオリズム自体には非常に批判的。バイオフィードバックを強調。
Smith, R.E. (1976) The complete book of biorhythm life cycles (Aardvark Publ., NY). Schwingの役割に1ページを割いて紹介しているほか,Pittendrighによる批判も掲載。その他の内容は凡庸。
Tatai, K. (1977) Biorhythm for Health Design (Japan Publ.) 日本発のバイオリズム本として,かなり欧米で引用された本。冒頭に,「バイオリズムという代わりに,neo-Fliessianあるいはtriperiodic human potentialityという用語を本当なら使いたい」との記述あり。特に前半はThommen本との重複が目立つ他,科学的と強調。
Thommen, G. (1964/1973) Is This Your Day? (Crown, NY). ポップバイオリズムの古典で,頻繁に引用される。Swobodaと親交があったらしく,初期バイオリズム研究についての記載も多い。 Thommenは職業科学者や医師ではないが,Wernli (1961)の英語訳監修もしており,事実上ポップバイオリズムの英語圏での流布を開始,商業ベースにのせた人物と考えられる。(白井勇治郎訳『バイオリズムの基礎』日本バイオリズム協会,1971年)
Wernli, H.J. (1961) Biorhythm: a scientific exploration into the life cycles of the individual (Crown Publ. Inc.) スイス刊行の独語本の英語訳。英語圏で最も初期に登場したバイオリズム解説書。
白井勇治郎(1980)「自分のバイオリズム」入門(青春出版)。冒頭で「バイオリズムは生物時計のひとつ」として「科学としてのバイオリズム」というコンセプトを強調。Thommenの推薦文あり。
高橋秀美(1998)自分のバイオリズム完全版(青春出版)。白井勇治郎の後任として国際バイオリズム協会主宰。松田治廣(五輪金メダリスト,日体協理事),関勝男(全日本交通安全協会安全対策第一課長)の推薦文あり
田多井吉之介(1965)「生活をあやつる神秘なリズム:バイオ・リズムへの招待」(講談社ブルーバックス)
田多井吉之介(1973)バイオリズムとは何か:その基礎と応用(講談社ブルーバックス)
田多井吉之介(1974)子どもをツキにのせる法:親と子のバイオリズム(三晃書房)
田多井吉之介(1974)バイオリズム四週間:自己開発から勝馬推理まで応用のすべて(東京スポーツ新聞社)。ある意味で,田多井のバイオリズム観が最もよく書かれているもの。
田多井吉之介(1980)バイオリズムによる,うまい試験合格法(東京法経学院)。日本へのバイオリズム導入期の田多井による述懐は参考になる。
飛岡健(1996)人は周期の法則で動かされている(河出書房)
直居あきら(1991)バイオリズムが人生をプラスにマイナスに変える(日本実業出版)。ルディアのサビアン・シンボル占星術をベースにしており,基本的にフリージアンバイオリズムとは関係がない。冒頭にPSI学説の紹介はあるが,その「科学実証主義」性を批判,より神秘的な方向に展開。
L. クピリヤノヴィッチ(1976)バイオリズム:その原理と応用(金子不二夫訳,講談社現代新書,1980年)。ソ連の睡眠研究者が書いた入門書。睡眠や,当時流行の先端にあった睡眠学習を説明しながらも,幅広く時間生物学的な内容と,フリース流PSIリズム学説をともに肯定的に紹介。基本的には田多井らと同様のアプローチといってよさそう。
バイオリズム批判資料
Gardner, M. (1989) Science: good, bad and bogus (Prometheus Books, NY):”Fliess, Freud, and Biorhythm”と題する小論所収(p. 131-140)
Hines, T.M. (1981) Biorhythm theory: a critical review. In Paranormal Borderlands of Science p. 208-220 Ed. K. Frazier (Prometheus Books)
Hines, T.M. (1988) Pseudoscience and the paranormal: a critical examination of the evidence. (Prometheus Books, NY) 井山弘幸邦訳(1995)『ハインズ博士超科学を斬る』(化学同人)
Hines, T.M. (1998) Comprehensive review of biorhythm theory. Psychol. Rep. 83: 19-64 最も学術的な立場からポップバイオリズムを批判した必須文献(総説)。
Randi, J. (1980) Flim-Flam. (Lippincott& Crowell, NY): ”The great Fliess fleece”と題する小論を所収(pp. 161-172)
Sims, W. (1981) Biorhythms: evaluating a pseudoscience. In Paranormal Borderlands of Science p. 208-220 Ed. K. Frazier (Prometheus Books)
バイオリズム検討学位論文(ProQuest: US etc.)
McPhail, H. (1976) The relationship of biorhythm cycles to performance on selected skill tests. (Uni. Southern Mississippi), 98 p.
Taylor, T.C. (1977) A study of the relationship of the intelligence biorhythm and high school students’ mental ability test scores. (Uni. Kentucky), 159 p.
Saylor, W.D. (1977) A predictive application of biorhythm theory to reduce industrial accidents. (California State Univ., Long Beach), 85 p.
Huffman, R.E. (1977) Relationship between biorhythm cycles and performance in track and field on competitive days. (California State Univ. Fullerton), 45 p.
Berube, B.P. (1977) Absence of correlation between measured performance in college students and biorhythm information calculated from their individual birth dates. (The George Washington Univ.) 143 p.
Ryen, R.B. (1978) An occupational safety program based on biorhythm. (California State Univ., Long Beach), 155 p.
Reams, C.L. (1978) The effects of the 23-day and 28-day biorhythm cycles on human performance. (Oklahoma State Univ.), 111 p.
Mahoney, R.P. (1978) A test of the natal biorhythm theory. (California Schl. Professional Phychol., San Diego), 124 p.
Harley, A. (1978) Biorhythm theory and its application to nursing activity. (Columbia Univ. Teachers College), 290 p.
McKissick, T.L. (1979) A study of the effects of the biorhythm cycles upon physical and mental performances. (Fast Texas State Univ.) 127 p.
Loewan, A. (1979) Biorhythm and intellectual dunctioning. (Univ. of Alberta)
Weisbein, H. (1989) The relationship of the 23-day physical and the 28-day emotional biorhythm cycles to free throw accuracy. (Oklahoma State Univ.), 94 p.
Peveto, N.L.B. (1980) The relationship of biorhythms to academic performance in reading. (Louisiana State Univ.), 228 p.
Drapeau, R.A. (1980) A two-fold inquiry into the implication of the theory of biorhythms as a significant variable in human task performance and decision strategies under time-stress conditions. (Texas A&M Univ.) 240 p.
Lavizzo, N.I. (1981) An investigation of the relationship among birth order, intelligence, sex, biorhythm and academic achievement. (Loyola Univ. of Chicaho), 93 p.
Newell, B.A. (1982) The relationship between the intellectual cycle of the biorhythmtheory and human mental performance. (Oklahoma State Univ.) 87 p.
Comassar, P.A. (1982) Intellectual biorhythm cycle and its effects on achievement test performance of fourth grade students. (Univ. Cincinnati), 82 p.
Morganti, C.J.G. (1983) The effects of biorhythm cycles on labor onset, time of delivery and outcome of pregnancy. (Univ. Utah, College Nursing), 109 p.
Sheldon, K.H. (1987) Biorhythms and violent crimes. (California State Univ., Long Beach), 79 p.
Crawford, R.B. (1988) The relationship of biorhythms to driving while impaired with alcohol or other drugs. (Ohio State Univ.) 207 p.
Erasmus, W.G.J. (1989) Biorhythm variables and occupational accidents. (Univ. Pretoria, South Africa),
Apson, J.R. (1990) Biorhythmic variations in blood pressure: a search for one physiological response to the stress of cyclic critical days. (Univ. Maryland, College Park), 172 p.